1998年東京都港区でひまわりを立ち上げ、ハンディーある子もない子も大いに遊ぶパフォーマンス集団を作ったことがきっかけで、秦野に引っ越してからも、自然の中で踊っていたら いつのまにか八重桜の下で遊ぶことにもなり、いつしか さくらばたけまつりになりました。2014年に次男がミトコンドリア病を発症してからもやり続け、今年で21回目です。
手作りのお祭りは、年により変幻自在。流れているものは いのちのつぶ。
今年も歌ったり、踊ったり、美味しいものを食べたり、見る人演る人垣根なく、虫も、鳥も、桜もいのちまるごと感じ合う、そんなお祭りだったと思います。
メラスの息子は脳梗塞様発作を繰り返しているので過度な精神的興奮や強い光、音の外部刺激が脳の代謝に負荷をけ発作脳要因や病状の憎悪につながる懸念のため、グループホームでは刺激よりも静かな安心を優先するため、まつりへの参加の協力は得られず、ひとまず家に帰って、スタッフとヘルパーさんで折を見て、連れ出してもらえました。昔感じたさくらのにほひを感じるくらいの短時間でしたが、ミトコンドリア病応援ソングも聞いていました。
それから 難病トークでは、RDD事務局江本さん、みどりの会顧問田中雅嗣先生、難病ネットワーク恒川夫妻、かながわ難病連富松さん、社団法人介護施設みのりの家渡辺さん、みなさんが並んで、医療・福祉と向き合うお話をいただきました。
ネットワークの方から、「シェアードディシジョンメイキング=共有意思決定」の話も出ました。何をしたら最も良い医療の結果を期待できるかとか、患者も自分の好みを伝えながら治療の方針を決めて言う事など、望む生き方を考えるというお話でしたが、お祭りにいた方が真面目に自分や家族の病の話を聞くことが、辛くならないような雰囲気だったと思います。
私はなかなか地元の病院でも受け入れられない希少疾患の患者の現実をお伝えしました。
その後は皆さんで島唄のヨガ・ダンスをしました。後で「片足立ちの木と鳥のポーズは足腰鍛えるのにいいね。練習しよう」と田中先生に言われました。
今回のお祭りは晴天と満開の桜に恵まれましたので、大きな自然の中で、歌、演奏、踊り、大道芸、手作りの食べ物・飲み物を介して、つながる温かな人の和を、ある深みを持って感じました。どんな病になっても、人(社会)と向き合い、自然と向き合い、体の声をしっかり聞くことが大切だと実感したお祭りでした。
毎日大変な思いをなさっている皆様に、このようなイベントのお話をするのは心苦しいと思う反面、病に寄り添うためには、いつも頭から離れない病とは別の流れも入れていかないとたいへん辛くなるということも真実だと思います。どうか今回のさくらばたけまつりの写真を見て、少しでも体に気持ち良い風を流してもらえたら良いなと思っております。
最後の「いのちのつぶ」は、風の向くまま、気の向くままに、みんなで舞い、演奏も自由に……。
無為自然に幕を閉じ、心地よい気があちらこちらに流れていました。
歌:さとさとみ
感謝
https://youtu.be/H2l7HwBr350 歌:さとさとみ
撮影者の加藤博士(しんかい6500元機関長)は、この光景を
「どんどん深層の世界に入って、深海の生き物たちがゆったりと舞っている場面をみているようだった」
と仰っていました。
その言葉に重ねて、当時の
JAMSTEC深海映像も併せてご覧ください。
世界でいちばん深い場所にいるおさかな(マリアナスネイルフィシュ)。
最後の集合写真











